【広島カープ】ブラウン監督、ベースを投げて退場

2020年05月13日 23:58

[広島カープブログ]

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抜粋

<広島5-3中日>◇2006年5月7日◇広島

14年前の2006年5月7日、就任1年目の広島マーティー・ブラウン監督がベースを投げて退場処分となった。試合後「ベースをぶん投げたのは、ほかに投げるものがなかったからだ。生涯で初めてだ」とコメント。日本での退場はこの試合が初めてだったが、5年間で監督史上最多の通算12回(広島で8、楽天で4)の退場処分を受けた。

日本で最後の退場となったのは楽天時代の10年9月23日の西武戦。日本新のシーズン4度目の退場に「記録にトライしようとやっているわけじゃない。ベースを抜こうと思ったけど、抜けないようになっていた」と”オチ”をつけた。

【復刻記事】

広島マーティー・ブラウン監督(43)が、メジャー流で退場した。中日攻撃の3回表、併殺の判定をめぐり、まず広島先発マイク・ロマノ投手(34)が審判に暴言を吐いたとして退場処分を受けた。納得しない同監督は、退場覚悟で一塁ベースを引っこ抜き二塁方向に投げつけ、侮辱行為でダブル退場となった。同監督は日本式のお辞儀を繰り返し、最後は帽子を高々と掲げるパフォーマンスでベンチに消えた。指揮官らの退場が号砲になったのか、5回に広島が6安打を集中して一気に逆転勝ちした。

5月に入って2カード連続の勝ち越しは、ブラウン監督のパフォーマンスから始まった。

3回表、1死一塁から中日荒木が打った遊ゴロ。併殺を狙い遊-二-一と転送されたが、一塁判定はセーフ。怒ったロマノが、審判に暴言を吐いたとして、退場処分となった。ブラウン監督はベンチを飛び出し、激しく抗議した。怒りは収まらず、一塁ベースを引っこ抜き、それを二塁方向へ放り投げた。これが侮辱行為と判断され、ロマノに続き、退場処分となった。

パフォーマンスはこれで終わらなかった。ブラウン監督は、帽子を取り、審判団、さらに内外野のスタンドに深々と日本式のお辞儀を繰り返した。最後は帽子を高々と掲げて、ベンチに消えた。その間、試合は7分間中断したが、ゴールデンウイーク最後の日に集まったファンからは、喝さいも起きた。

ブラウン監督 ロマノと審判のコミュニケーションミスだ。彼は決して体をぶつけて、不満を審判に言ったわけではない。文句はいったが、マウンドに戻ろうとしていたのだから、退場はおかしい。

興奮状態にあるように見えたが、退場覚悟の行動は冷静だった。「ベース投げ」を行う前に、リブジー打撃コーチに代理監督を命じ、ロマノに代わる投手として広池を指名。その後、一塁ベースへ向かった。

ブラウン監督 ベースをぶん投げたのは、ほかに投げるものがなかったからだ。生涯で初めてだ。

「選手を守るためなら退場もOK」と口にするブラウン監督は、アメリカの3Aの監督時代の3年間で22回の退場処分を受けている。その闘志がナインにも通じた。0-2の5回、連打で一、二塁とし、倉のバントを中日ドミンゴが三塁に悪送球し1点。そして、代打末永が中前に逆転の2点適時打。投手陣もロマノの後を4人でしのいだ。

試合後の会見で、ブラウン監督は「いろんな経験をさせてもらってありがとうの気持ちを日本式のお辞儀に変えたんだ」と説明した。横を通りかかった松田オーナーからは「ナイスジョブ」と声を掛けられた。「今日は来日以来はじめて(代理監督の)リブジーより先にシャワーを浴びることができるよ」と、陽気に会見場をあとにした。

◆ロマノは試合後、コメントを差し控えたが、一塁塁審の真鍋は「明らかに暴言を口にしたので退場を宣告した。内容は本人に聞いて欲しい」と話した。この日の責任審判の谷は「ブラウン監督の抗議は冷静でした。一塁ベースを投げつけた行為が退場理由です」と、一連のダブル退場劇を説明した。

◆中日荒木(自身の打球の判定の退場劇中、一塁ベースを投げつけたブラウン監督の真横にいて)「(ブラウン監督に)僕が何かを言われるのかと思った。そしたら投げたんで…。びっくりしました」

◆リブジー代理監督 彼と長いこと仕事をしてきたが、いつかはこの日が来ると思っていた。監督の退場で勢いがつくと思ったら、そうなったね。

▼広島はロマノとブラウン監督が退場。外国人監督の退場は、73年10月5日与那嶺監督(中日)75年4月27日ルーツ監督(広島)81年5月5日ブレイザー監督(南海)82年6月19日ブレイザー監督に次いで4人、5度目。ルーツ監督は審判への暴行で退場となったが、この退場がきっかけでチームを退団した。

<メジャーの退場パフォーマンス>

◆ベース強奪 01年6月、パイレーツのマクレンドン監督は一塁塁審の判定に抗議し退場になると、一塁ベースを引き抜いてベンチに持ち帰った。この行為に1000ドルの罰金を科せられた。

◆変装 ロッテのバレンタイン監督はメッツ監督時代の99年6月、退場後につけヒゲとサングラスで変装し、Tシャツに着替えて再びベンチに姿を現した。本人は否定するもテレビカメラが証拠現場をとらえており2試合の出場停止処分。マイナーでは93年、パドレス傘下3Aのフラナリー監督が退場後に、球団マスコットの縫いぐるみの中に潜んで出現。怪しい動きでサインを出し続けたが、ナインは誰も気付かなかった。

◆砂掛け イチローの「元上司」でマリナーズのピネラ元監督は02年5月、退場宣告に怒り、ホームベース上に土をかぶせて引き揚げた。これに対し、球審はマ軍捕手にブラシを渡し土を掃除させてファンは大喜び。

◆決めポーズ 退場の常連監督は決めのポーズも多彩。マーチン監督(元ヤンキース)は審判に向かって土を蹴り上げるのが癖で、オリオールズの名将ウィーバー監督は帽子を後ろ前にかぶり直し、顔と顔が当たりそうな猛抗議がトレードマークだった。退場の回数もケタ違いで、歴代2位2763勝を誇るジョン・マグロー監督(ジャイアンツ)は史上最多131回の退場処分を受けた。

※記録と表記などは当時のもの



引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200507-25040182-nksports-base
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